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具体性のない専門家と呼ばれている先生方の発言
2016年 6月 13日(月曜日) 00:00

ここまでの先生方の発言を批判してきましたが、「まともな」発言をされているのであれば、しっかりと耳を傾けるべきだと思います。再度引用させていただきますが、専門家と呼ばれている先生方は、



私たちの代案を提示することによって、「批判ばかりしている」という根拠のない悪罵に対して、きちんと応える。


とあります。どのような代案を提案されているのか見ていきましょう。先生方は、「では外国語教育政策はどうするか」で次のような提言をされています。


当面の最重要課題は、「大学入試にTOEFL」などという危険な方針を実施させないことです。現行の大学入試には改善すべき点もありますが高校の教育課程をふまえ、受験生の学力レベルや入学後の専攻分野などを考慮して作られています。TOEFLに一元化すれば、そうした優れた面が失われてしまいます。現在の学校教育は制度疲労を起こしているかもしれませんが次の制度設計をしないまま破壊だけを先行させてはいけません。


今のところはTOEFL導入だけを避けて、今の大学入試制度は「優れた面」があるから、当面このままでよいということでしょう。しかし、先にお話ししたように、現在までの大学入試が優れているということは言えないと思います。一体何を根拠にこう結論づけられるのでしょうか。


(前略)(大学入試で)当面はライティングの比重を高めるなどによって表現力を測る方が現実的でしょう。(中略)会話で大切なのは語るべき内容の充実度にあります。それは良質の英文を読んだり、考えを英語で書くことによって養うことができますから、その訓練と教材内容の充実が必要です。大学で求められる知的な会話力は、入試に会話を課せば向上するというほど単純ではないのです。(後略)


「ライティングの比重を高める」のは、現実的ではありません。まともに採点のできる人を十分確保できるとは到底思えないからです。特に、私立大学は受験者が多いため、今でもマークシート方式がほとんどです。


また、「英文を読んだり考えを英語で書く」というのは、昔から指導要領に書いてあります。それを無視して、ひたすら入試に向けた勉強をさせてきた英語の先生が悪いのではないでしょうか。ちなみに、TOEFLのリーディング問題は、日本の難関大学の入試問題よりも良質です。リスニングで出てくる会話も知的です。日本の入試問題のように、買い物や道案内といった問題は出てきません。


(前略)英文法の明示的な指導、日英比較、英文解釈などを含む、日本人の学習環境にふさわしいEFL型の学習法に添った教育課程を再確立する必要があります。(後略)会話偏重が日本人の英語学力の低下を招いた可能性が高いので、その検証が急務です。


江利川先生も斎藤先生も、「昔に戻れと言っているわけではない」と再三言っていますが、結局は、「文法訳読中心の学習法」に戻ろうということでしょう。また、江利川先生の「会話偏重が学力低下を招いた可能性」の検証は、相当無理があります。


少人数の学び合いによって、英語が得意な生徒も苦手な生徒も共に学力と人間関係を高める協同学習を取り入れた授業改革を支援していく必要があります。(後略)


協同学習が大切ということはよくわかります。学校は、授業だけでなくあらゆる場面で協同学習を行う場なのです。文化祭や部活も協同学習です。ホームルームや毎日の掃除もそうです。


江利川先生は『協同学習を取り入れた英語授業のすすめ』(大修館書店)という本も編纂されています。読んでみましたが、協同学習で学ぶ内容は、なんのことはない単語の暗記や文法の理解、和訳やリスニングの「穴埋め」でした。英語で発表するという活動もありましたが、発表原稿や資料を協同で作るということで、生徒同士で英語を使ってコミュニケーションするわけではないようです。


一方、新学習指導要領にそって英語で授業している先生はというと、協同学習を取り入れることによって、英語を使う機会をより多く作り出しています。グループで何かの話題について英語で話して、代表生徒がまとめて発表したり、英語で話しながらプレゼン資料や原稿を作ったりします。協同作業の中で英語を使うのです。コミュニケーション重視の授業の方が、はるかに協同学習に向いています。


(前略)英語一辺倒主義を改め、周辺アジア諸国を含めた多様な言語と文化を学ぶことができる複言語主義・複文化主義を日本の外国語政策の基調とすべきです。


複言語主義は私も賛成ですが、だとしたら中学校から複数の外国語の授業を用意し、生徒に選択させる、あるいは、3年間で複数の言語に触れられるようなカリキュラムをつくるべきです。教える先生も必要です。ところで、先生方は、英語以外に習得された外国語はあるのでしょうか。英語しか学んでいない人が、「複言語主義を外国語教育の基調にすべき」と主張しても説得力はありません。


江利川先生は大学の教職課程も担当されているということ。「複言語主義」というのなら、英語の先生になる人には、英語以外の外国語を身につけることを強制にしていただきたいものです。私は「中国語」の教員免許も取得しています。大学は中国語学科でしたので、中国語の教職単位は「中国語科教育法」だけでよかったのです。


つまり、英文学部や英米語学科だけでは英語の教員免許は取得できないようにして、他の外国語を専攻した人だけが免許取得できる、そういう制度にしてしまえば、簡単に複言語教員が養成できます。他言語を専攻しながら、英語の教職に必要な単位をとるのは確かに大変ですけれど、最後は根性なのであれば、教員志望の学生にはそれくらいの努力をさせてもいいでしょう。


「英語一辺倒主義」の一番の原因は入試です。高校入試、大学入試に英語がある限り、絶対に複言語主義は実現しません。英語の入試があるというのに、「フランス語もドイツ語も勉強しましょう」と言われてやろうと思いますか?「複言語主義」というのであれば、まずは入試から英語を外すべきではないでしょうか。


教育政策の立案に当たっては、教育の専門研究者および学校教員の意見を十分に取り入れなければいけません。


それは確かにそうですが、「学校の先生や専門家は今まで何をしてきたのだ」という大きな不満や不信感があると思います。今までもお話ししてきましたが、ずっと大学合格を目指した文法訳読をやってきたのは学校の先生です。


専門家にしても、例えば10年ほど前に『「英語が使える日本人」の育成のための行動計画』が実施されたときには、著名な英語教育学者の方も関わっていました。しかし、まさにその専門家が講演で、「あの政策には効果がなかった」と発言するのを、教員対象研修会で聞いたことがあります。専門家が関わればいいということではないのがわかります。


また、専門家である先生は、現場の教員である私がブログでいろいろ質問したときにも、返信をしてくれませんでした。それで、「現場の教員の意見を取り入れろ」と言われても説得力はありません。


引用はこれくらいにしますが、先生方は、TOEFL導入、小学校低学年からの英語導入、コミュニケーション重視の英語教育を「やめろ!」という以外、具体的な代案は主張なさっていないのではないでしょうか。


「教員に余裕を」「少人数クラスを」ということも言われていますが、これは英語教育だけの問題ではなく、公教育全般に関わる一般論です。「少人数クラス」ですが、これはある程度の中学・高校で既に実現しています。私の子どもの中学では、英語の授業は15人の少人数で行われています。私自身も、今まで全ての勤務校(3校)で、少人数クラス(20~25名)で授業をしてきました。


先生方は、「英語よりも日本語教育の充実を」とも言っています。私も、その通りだと思います。英語英語と騒いでいる現状は、決して望ましいものではないですし先生が言うように「英米信仰」が英語教育界や英会話スクール業界に見られるのも事実です。しかし「英語よりも日本語を」というのであれば、同時に「英語の授業数を減らせ」とも言うべきでしょう。


先生はブログの読者コメントで「朝の英検演習」をしている先生を紹介されていますが、英検演習よりも朝読書をやるべきでしょう。「既得権益」は守りながら、日本語教育の充実をというのでは理解は得られないでしょう。


英語を必修と入試から外し、他の外国語の授業も選択できるようにする。外国語全体の授業時数を減らし、国語を増やす、という提案であれば、私も賛成します。