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英語が苦手だった私でも、話せるようになりました 
2015年 4月 03日(金曜日) 00:00

ここからは、学生時代に英語が大の苦手で中学・高校と赤点すれすれを取り続けた私でも、アメリカ人の女性にプロポーズをして結婚できるくらいの英語力を身に付けることができたことを知っていただくことで、あなたの「英語は怖いものだ」という観念を取り去ってもらうために存在しています。

そして英語を覚えていくというのはどういうことかと言うのを物語として読んでいただき、実際にあなたのお子様が成長していく時の順序をお伝えし、英語学習における不安をできるだけ軽減したいと思いながら執筆しました。 


私は北海道札幌市のベッドタウンの1つである小樽市で幼少期を、そして札幌市を挟んで反対側の空港のある町である千歳市で小学生高学年から過ごしてきました。

私が小さかった頃、テレビゲームはあまり流行ってはおらず、夏は空き地で野球をしたり、サッカーをしたり、また冬は車の通りがあまりない大きめの道路でミニスキーをしたりなど、とにかく外で遊ぶことが多かったです。

幼稚園から小学校低学年・中学年まで、私の周りでは塾に行って勉強している友達はあまりいなかったように記憶しています。


また、そのころ住んでいたのは小樽の中でも駅が近くにないような場所でしたので、外で遊んでいるからと言って外国人と会うこともありません。外国と言えば、アメリカくらいしか思い浮かばない。そんな環境だったのです。小学生高学年から千歳に移り住みましたが、そこも同じような環境でしたので、やはり外で遊ぶのが主流で、大きな公園に近所の子供たちが集まり、遊んでいました。


中学生になってから、英語の授業が始まりました。違う言葉を学ぶということに対して、最初はとても興味深く思っていました。「英語が話せるようになったらいいなあ」という漠然とした思いはあったのですが、授業が進めば進むほど訳が分からなくなります。

今となっては何で分らなかったのか逆に不思議ですが、英語と言うものを特別視して、何か特別で凡人には分らないものだと考えていたのかもしれません。最初から、「英語は特別」という思いがあったので、分らない自分に妙に納得していたのかもしれません。


中学 3 年生くらいになると、もはやチンプンカンプンです。ただその頃やっていた通信教育のおかげで、赤点だけは取らずに済みました。「赤点は取っていないぞ!」というのが自慢という本当に情けない状態でした。


その後高校に入り、いろいろな教科がありましたが、特に世界史が好きでした。歴史の積み重ねが今につながっているという流れを発見するのが好きだったのです。その頃は本気で歴史家になりたいと思っていました。でも、歴史家になるには言葉を話せなければなりません。だから人より英語に興味はあったと思うのです。しかしながら、「好きこそものの上手なれ」と言いますが、この言葉は私には当てはまらなかったようです。

高校に入ってさらに難しくなった英語についていくのが本当にやっとでした。英語の試験の前は顔を真っ青にしながら教科書とにらめっこしていたのが、本当に懐かしく思い出されます。