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【子ども英会話教室コラム】日本に帰国後、某大手英会話スクールでの仕事
2015年 5月 22日(金曜日) 00:00

日本に戻ってから、それまで日本の労働市場で働いたことがなかった私は、就職活動で苦戦していました。何せ、履歴に書くことがないのです。英語はある程度話せるのですが、TOEICを受けたことがなければ、英検も受けたことがありません。その後 CASECという英検が開発したインターネット上で受講できる英語のテストをまったく勉強しないで受けてみたのですが、 TOEIC に換算すると900点以上の英語力と判定されました。


また、期間限定の滞在でしたので、中々就職先が決まりませんでした。そのような中、人材派遣会社を介し、某大手英会話スクールの子供向け学習アドバイザーとして働かせていただくことになりました。


当時の仕事内容は、簡単に言うと本社の営業の方たちと外国人講師をつなぎ、必要な人材を必要な時期に必要なだけ派遣するというものでした。正直、今まで釣りが仕事だったような男が、急にビジネス社会に入ったのですから、当初は多大な迷惑をおかけしたことと思います。

しかしながら、海外で培った「飛び込んでものにしていく」方法と、当時の上司、同じ職場の方々の協力があり、何とか仕事を覚えていき、最終的には社員に誘われるほどになることができました。


某大手英会話スクールのような企業に派遣社員とはいえ私のような学歴・仕事の実績で劣るものが仕事をする機会を与えられたのは、ひとえに英語力のおかげだったことは、想像に難くありません。もちろん、当時緊急で人を探していたという背景もあったので、ある意味運が良かったということもできるでしょう。ただし、もし人材派遣会社での英語力判定のコンピューターテストに受からなかったら、こんな機会は与えられなかったと思います。


そして、勤務開始から1年半後、社員の方に引継ぎを終了し、花束を頂き、退社することになりました。千歳から通っていましたので、札幌からは電車で南千歳駅まで毎朝行っていました。

最後の日に千歳から札幌駅までの電車に乗った時、車窓から会社が入っているビルを見て、涙が出てきました。「これで、最後か」と思うと、それまで仕事を教えてくれた上司や、私を支えてくれた同僚とこれから会えないのだなあと実感したのです。


そして私たちが次に向かったのは、グアムでした。グアムは日本の真南、飛行機では日本から片道6時間、東京からの直行便の場合は片道4時間半の位置にある、熱帯の島国です。なぜグアムに行ったのかと言えば、南半球での生活を気に入っていた私たち夫婦は、将来またオーストラリアかニュージーランドに戻りたいと思っていたのです。


ただし講師としての収入だけでは生活費が足りなかったので、何か事業をしようと考えていました。その際、いろいろ検討した結果、旅行業が一番少ない資金で始められると考え、現地で成功している旅行会社で勉強をさせて頂きたいと考えていました。

その時、知り合いを通じて紹介をしていただいたのが、グアムで旅行会社を経営している日本人の方だったのです。ここでは、グアムの宝石のような海や自然のままの山などを案内するツアーガイドとしての仕事と、旅行に関する手配をする仕事の2つを行っていました。


日本人が経営している旅行会社なので、主な顧客は日本人です。それでも、時々外国のお客様もご利用されますので、そういう時はたいてい私がガイドをしていました。また、途中から旅行手配の仕事を中心に任されるようになり、英語で現地のホテルやオプショナルツアー会社と交渉し、契約をしたり、英語圏から来られる旅行会社の人をご案内したりなど、色々な仕事をさせて頂きました。

中には面白い仕事もあって、とある団体の方が当時のグアムの知事と食事会の場を持ったのですが、その場で通訳として同行する機会がありました。その時、たまたまいつも知事の通訳をされている方が日本に行っていていないため、代わりに私が通訳をすることになりました。


もちろん、国家としての公式な場所ではありません。それでも、いつもグアムを訪れている方をおもてなししたいという知事の気持ちを正しく伝えなければならなかったので、とても緊張しました。時にはどう訳していいか分からないことも言われ、冷や汗をかくこともありましたが、食事会は無事に終了し、知事からも、団体のリーダーの方からもお礼を言われ、ほっとしました。英語が話せると何が起こるかわからない好例だなと今では良い思い出です。